2017/04/01

ジュゴンに会いに行く



フィリピンのパラワンと言えば「ジュゴンに会えるところ」というイメージを持っているダイバーがたくさんいる。
かくいう私は知り合いのダイバーに聞くまで知らなかったけれど、確かにインターネットを検索するとジュゴンの写真がやたらと使われている。

エルニドでダイビングに行ったとき、ショップのスタッフに聞いてみた。この辺でジュゴンは見られるの?最近インストラクターになったばかりというオーナーのマリオはきょとんとした顔をする。「ジュゴンって何?」
ジュゴンって何、って…。ほら、海にすむ哺乳類の・・・。あ、そうか。ジュゴンって英語じゃない。ジュゴンって英語でなんて言うんだっけ?Sealionじゃなくて・・・あ、そうそう、Seacow
「え?この辺でSeacowが見られるの?」とマリオ。
こらこら、私に聞くな。私はこの海では初心者なんだから。
でも、インターネットや知り合いの話をすると、エルニドで10年近くダイブマスターをしているランスを呼んでくれる。ランス曰く、5年近く前に一度だけ見たことがあるという。Mmmmm・・・・。5年前に一度、ということはこの辺りはジュゴンが見られるエリアには入っていないことになる。


次に移動したBusanga島のCoronでは、第二次大戦の日本軍の沈船の話ばかりでジュゴンのジュの字も耳にしなかった。

あれあれ。パラワンをうろつく理由の一つにジュゴンが入っていたんだけど、これは無理なのかな。なんて思いつつあきらめきれずになかなかつながらないインターネットで検索。
すると、Busuanga島の北西あたりにジュゴンを見るダイビングツアーを売りにしているエリアがあった。
同じ島のCoronからバスで34時間。Cheeyというエリアらしい。観光用のバスはなし。行くとしたらプライベートでバスを予約するか、公共のバスを使う。

おんぼろバスが数台いつも固まっているな、なんて思っていたマーケットわきの空き地・・・実はここがバスターミナルだった・・・から1日に1Cheey行きのバスがあるという。出発時間は誰に聞いてもまちまち・・・。朝6時だというものもいれば夕方だというものまで、いったい何を根拠に答えてくれているのかわからない。結局そのあたりに止まっているバスの留守をしていると思われる若い男の子の情報が一番詳細だったため、彼の意見を参考にすることにした。出発は10時半から11時半。バスの名前は・・・忘れちゃったけど、バスの名前まであった。

ほかのバスを見る限り、特に座席があるわけでもなく、物資の供給バスに人間が同乗しているように見える。屋根の上にまで…。おそらく私たちのバスもこんな感じだろうとあたりをつけて、翌日ごく早めに9時ごろにバスターミナルに行ってみる。

バスはもうすでに止まっており、数人の人がバスの周りにいる。
 CheeySand Castleという宿まで行きたい旨を告げるとドライバーか車掌さんらしきおじさんはとてもフレンドリーに対応してくれる。荷物ごとバスに乗り込んでみると、なんと車内の両サイドにベンチもついている。

 10時半を過ぎるころにはほかのバスとたがわず物資と人間と73くらいの割合で積み込み、乗り込み、出発。
途中通り過ぎる空港以降はアップダウンの激しい砂利道・・・前方を見てこのバスがこの重量であの坂を?と思われるところもゆっくりだが確実に超え、私たちは目的の宿に降ろされる。



ビーチ沿いにあるその宿はリゾートというにはあまりにシンプルだけど、ほかに言葉もみつからないような形容しがたい宿泊施設。だけど、ガラスすら使っていない純粋に竹を組み合わせただけの、それでも素敵なバンガロー。目の前にあるビーチにはジュゴンが好んで食べる海藻が波で打ち上げられてガサゴソしている。


さっそくそのあたりで唯一のダイブセンターに行くと、ラッキーなことに翌日ジュゴンダイブのリクエストがあるという。3つほどのリゾートからのみダイバーを集めているそのダイブセンターでは、日によってダイバーのリクエストによって行き先が違う。そして、遠方のダイブサイト、例えばジュゴンのいるエリアに行く場合には最低人数4人が集まらないとボートが出ないという。Lucky me‼ 翌日はジュゴンだ。



予定では2本のダイブとシュノーケリング。ジュゴンダイブなんて特別な名前はついているけれど、要するにジュゴンの出現頻度が高いところにボートを泊めて待つだけ。この業界で働いている私にとっては正直言ってかなりクオリティの低いダイビングオペレーションだった。システムしかり、ガイドしかり。

が、1本目の最後にとうとうジュゴン出現。水中ですでに45分ほど、ただきょろきょろしながら泳いだ時で、その瞬間私は目の前をくねくね泳ぐ小さな黄色い魚に注目していた。・・・何も見ずにただ泳いでいることに飽きていた・・・しかも結構なスピードで・・・。
ガイドもこのダイブではあきらめていたと見えて、すでに私たちはスタート地点のボートの下に戻ってきていた。
確か、ガイドがダイブ前のブリーフィングで、ジュゴンはボートのアンカーロープまで来て体をロープにこすりつけ、体表の寄生虫を取る、って言ってた。まさにそれだ。
なぁんだ。そんなに頻繁に来るなら、最初からそこで待ってればいいのに。でも、きっと水中の一か所でお客さんのダイバーをじっと待たせると、クレームも来るんだろうな、と思う。だから意味もなくくるくる泳ぎ回ってたんだろう。
いや、あるいは、これだけ泳ぎ回ったからジュゴンとの遭遇がこれほど感動的だったのか…?

ジュゴンは水中の大きな生物の特徴のようなゆっくりとした動きでロープに近づく。そして体をゆっくり回転させながらピンと張ったアンカーロープにまとわりついている。
ロープの下に回って、胸の両方のひれを使ってロープを抱きしめるような姿勢になった。まるでスローモーションを見ているみたい。そしてなんと愛くるしい。かわいいなんていう言葉じゃ形容しきれない。しかもジュゴンの顔ときたらいつでも笑っているように見えるんだからなおさら。
両のひれがその胸で交差されている。その間にあるロープにほおずりをしている。気持ちよさそうに。なんだかうれしそうに。
カメラを持っているのもすっかり忘れて見とれてしまう。
と、ジュゴンはついっとロープを離れてグループ4人の一番隅にいる私のほうに向かってくるではないか。・・・笑いながら。
おお!写真!写真!


ジュゴンはダイバーのはいているフィンに寄ってくると聞く。あるいは、ダイバーをほかのジュゴンと間違えて交尾しようとするとも。
とにかく動かないでじっとしていれば、驚かせて逃げてしまうこともない。
いずれにせよ、私は呼吸するのも忘れていたと思う。水中生物に寄ってきてほしい時の習慣で息を止めていたかもしれない。真上を泳ぐジュゴンの写真にも吐き出した泡が写ってない。

いや、こんなに魅力的なダイブは久しぶりだ。そういえば初めてマンタを見た時も、ジンベエを追いかけた時もこんな高揚感があった記憶もあるけど、もうはるか遠い昔の話だ。45分も競争のように泳ぎ回ってできたフィンずれの痛みなんかとっくに吹き飛んでる。

私のジュゴンは・・・もとい、私の遭遇したジュゴンは2.5mくらい。たぶんそんなに大きいほうじゃないと思う。しかも若い・・・これは肌の見た感じで。


この日の残り、私は半日、超ド級のご機嫌だった。ジュゴンを見ていたのはたったの数分なのにまるで1日中ジュゴンが目の前を泳いでいたかのような気分。頭の中ではロープを抱きしめてほおずりする姿が何度もくるくるする。

ここまで来てよかったー。Coronであきらめないでよかったー。そして、ガイド曰く毎回会えるわけじゃないジュゴンが会いに来てくれてよかったー。
久しぶりにダイビング後もワクワクが止まりませんでした。

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