2014/03/21

海外にいて、未だにみると驚いてしまうもの

タイトルどおり。今まで何年日本でないところに住んでいるのか、もうよくわからなくなっているけれど、それでも、未だに目にすると一瞬驚いてしまうことがある。

女性用トイレ。
ちなみに前にもトイレのネタを書いたことがあったけれど、私は特にトイレマニアというわけではない。
女性用トイレは、当然のことながら個室がいくつか並んでいるところが多い。

順番を待っていたりして、中から出てくる人と会うこともある。
そんな時、ひとつの扉から女の子が二人出てきたら、びっくりする。

中で何をしているかというと・・・一人ずつおしっこをしながらおしゃべりのつづきをしている。
あるいはそれがもう深夜で、バーで騒いでいる状態なら、一緒に飲んでいるはずの、知り合ったばかりの男の子たちを・・・あるいは、この後かれらとどうするのか、なんていう相談が聞こえてくることもある。

日本人同士だったら、トイレまでは一緒に行くけれど、その先の個室までは同行しないような気がする・・・少なくとも私はしたことがない・・・。
なんせ日本は自分のおしっこの音を隠す機能が備え付けられているくらいなんだから。

これ、たとえば毎日見かけるようなことではないけれど、純日本人である両親に育てられ、純日本的な感覚を持つ私にとっては、毎回、純粋な衝撃を受けてしまう。

あれ?
もしかして、私に、一緒にトイレの個室に入るくらい仲のいい友人がいないだけなのかな。日本でもすごくすごく仲良しの子達は、同じことしてるんだろうか・・・。

2014/02/26

流行りもの

2年ほど前から、ピピ島にいるときに、特定のファッションを見かけるようになった。もちろん若い子達の間で、だ。
まるで20年位前に流行ったようなハイウエストのジーンズのホットパンツ。上に来ているシャツやTシャツはパンツの中に入れてしまう。
それをよく見かけるようになったころ、そのファッションが・・・新しいのか古いのかは別として、かっこいい、よくない、で話がもりあがったことがある。


今になってみれば、そのハイウエストも見慣れてきて気にならなくなってきた。
・・・のだが、今度は更なる新手が。
そのハイウエストのホットパンツの足の部分。この部分の両サイドを切り込んで、さらに後ろのおしりの部分もとてつもなく・・・・と、思ってしまうのは私だけでしょうか・・・短くしてある。
・・・ということは、後ろから彼女たちをみると、おしりの下の丸い線が丸見え。


丸くてかわいいおしりにそれを履いているならいい。むしろ、自分にはできない格好なので、かわいいおしりだなぁ、などと思ってしまう。
が、私のようなおしりをした人が間違って履いちゃっていることもある・・・。
これはいただけない。「見苦しい」という言葉以外に言いようがない。 




このほかに、今シーズンよくみるのは、ロングヘアの女の子のツーブロック。
右側でも左側でも、側面を坊主状の長さに切ってある・・・というより、刈ってある。髪を下ろしていれば見えないけど、縛ったりあげたりすると見える。


まぁ、彼らが自分の国に帰って、仕事にも生活にもその髪型で支障がないというのなら、私が何も口出しをすることはないんだけど、どうにも気になってしまう。
でも、これは「見苦しい」という感想を持つほどのものではない。


ちなみに去年あれほど流行り始めていた蛍光色は、今年は少しずつ減っている気がする。




さて、ここピピ島で見かける流行ものというのは、ほぼ全世界の若者たちのファッションなのか、ここに来るパーティ族の独特な格好なのかは知らない。
が、ここで流行るものがすべて日本で流行るとは限らない。


私が思うに、今シーズンのおしりを出しているホットパンツは日本ではちょっと・・・とも思う。
でも、去年、蛍光色のこともそんな風に思っていたのに、日本で蛍光色の衣類を見かけて驚いたから、もしかしたら、今年の夏は日本でも女の子のかわいいおしりの線が見られるのかもしれない。




私が会社で働いていたころ、時々、仲のいい部長から「こら、会社でケツをだすな」って言われてた。そのころ出していた「ケツ」は上から出していたもの。
それが10年経つと同じ「ケツ」でもしたから見せるようになるのね。


もともとファッションにそれほど興味があるほうでもないし、どちらかというと実用性で者を選ぶ習慣のある私。流行りものにも疎い。
でも、もし自分のおしりがまぁるいかわいいおしりだったら、そんなホットパンツも履きたくなるのかもしれないなぁ。



水中の拾い物

ダイビングをしていると、水中の落し物を拾うことがある。


一番よく拾うのは、もちろんゴミの類。
私はスクーバ器材のひとつ、BCDのポケットにメッシュバッグを入れている。ポケットに入りきらないようなゴミを拾ってしまった場合、そのメッシュバッグが活躍する。


次に多いのが、ブレスレットなどのお土産で買うようなカジュアルなアクセサリー類。


さて、ゴミばかりではなく、スクーバダイビングに使う器材を拾うこともある。
その中でも一番多いのがスノーケル。
まぁ、スノーケルはダイビングをする人以外に、スノーケラーが落としていってるという分もあるのかもしれない。
マスクも時々拾う。これは使用中に落とすのではなくて、ボートの上から落としてしまっているんだと思う。




さて、私が拾ったことのあるもので珍しいもの。
もうだいぶ前のはなしだけど、ダイブコンピューター。そのころ、すでにダイブコンピューターは多くの人に普及していたものの、まだ、今のように誰でも持っているというものではなかった。それなのに、そんなに高価なものが水中に・・・。
そのコンピューターは随分長く水中に落ちたままになっていたようで、表面には何か生物が生えかけていた。
もちろんメンテナンスに出したら使えるようになる。


一人で持って帰れなかったもの。
小型ボートのエンジン。5馬力の小さなものだったけど、翌日他のスタッフと一緒にリフトした。




さて今度は去年の話。
水中を泳いでいると、ちょっと離れた大型のサンゴの上に何かキラキラするものが。
気になって、泳いでいってみると。
Go Proカメラ。
しかも最近発売した最新モデル・・・。
キョロキョロしてみたけれど、近くに何かを探しているようなダイバーはいない。念のため、スノーケラーかもしれないと思って水面も見上げてみる。誰もいない。


そういえばこのころ、他のダイバーもよくこのカメラを拾ってた。


このGo Proカメラ。去年、おととしくらいから急激に世界中で人気が出た。
Wolleもカヤックのトリップに出るときには、自分のカヤックの舳先にこのカメラをつけている。


まぁ、私が見つけた場所に戻しておいたところで、他のダイバーが持っていくのは確実な話。・・・ということで、私がカメラを陸に戻してあげることにする。


ちなみにこういう場合、一応中身をチェックする。
自分の知っている人が写っていたり、カメラに名前が書いてある場合にはその人に戻す。
が、どうにも手がかりがない場合、一応数週間は保管する。そしてその間に名乗り出てくる人がいない場合、自分の手元に残す。


去年は私もこのカメラを結果的にいただくことになった。




さて、今年。
去年と比べるとこの種類のカメラを水中で拾った、という話が極端に少ない。
よくみていると、去年はみんなカメラをハウジング(水中にも対応できるカメラのケース)に入れ、手に持って使っていたように思うのだけど、今年はみんな、そのカメラ用のスティックにつけたり、紛失防止用のアタッチメントを使ったりしている。
なるほど。
そのせいで、去年よりも落とす人が減ったということだ。


それにしてもこのGo Proカメラの人気、目を見張るものがある。
小型で、画質も驚くほどいい。これじゃ、私がしていた水中映像を撮ってDVDをダイバーに買ってもらうという職業が下火になるわけだ。




今日のダイビング中に拾ったもの。
足首につけるアンクレットとプラスチックのコップ・・・要は、ゴミの回収みたいなもの。
もう少しステキなものがいいですな。





2014/02/05

23歳の失恋

ピピ島にいるとき、私の周りの友達の年齢は実にさまざま。
20代前半から60代まで。当然のごとく、みんな対等に話をする。

若い子達はもちろんダイバーが圧倒的に多い。
その中に、23歳の女の子で仲のいい子がいる。

おととい、彼女が通りをぼんやり歩いているのを見かけたので、はろーはろー、なんて声をかけた。いつになくリアクションがないので、どうしたの?って聞いてみると・・・・あれ、あれ・・・彼女の大きな愛くるしい目にみるみる涙が盛り上がる。


どうした、どうした。
まぁ、こういうとき、私は年齢のせいもあってか、比較的相談役になることが多い。


彼女はその日、それまで一緒に住んでいた彼の部屋を出たのだという。あんまりにも相手にしてくれないから、「Do you love me now?」って聞いてみたんだそうな。
そうしたら「わかんない」って答えられたらしく・・・。

彼のほうも私は仲がいい。ピピ島にいるインストラクターの中では古株同士だし、彼は・・・毎回、彼女は若いとは言え・・・30代後半。
かなり独特なタイプの人で、私にとっては軽い話から深い話までできる面白い人。
・・・だが。
彼女曰く、
優しい言葉をかけてくれることが少ない。
スウィートなことを言ってくれない。
自分がサッカーを見たいときだけ、勝手に出かけてしまう。
誘っても一緒に出かけてくれない。
いつも部屋でインターネットばかりしてる(彼はダイビングのウェブサイトの仕事をしてる)。
あれこれ、あれこれ・・・。


おや?
どこかの彼氏に似てますな・・・。
こういうのは別居の条件になるんでしょうか。
それはさておき。






あそこのバーにいるから、何もすることがなかったらおいで、と伝えると、1時間後くらいにやってきた。
さっきは涙が出ちゃってごめんね、なんて言いながら、またしても青い目が潤んでる。そして、私にくっついて、ちょっとちっちゃくなってる・・・・元々は私より、そしてその彼よりも大きいんだけど。
おそらく誰彼なしに話せることじゃないから、私のところに来たんだろう。


「私は23歳なのよ。こんなに年が離れてる若い彼女をどうしてかわいがってくれないんだろう。」
「彼と1年半も一緒にいるのよ。私のこの若い時間を無駄にしたくないよ。この年齢だっていうだけでも男の子よって来るんだから・・・。」


彼女の訴えは、なんとなく、わかるような、ちょっとクビを傾げたくなるような・・・。
確かに彼女は「かわいい」と「きれい」の調度真ん中くらいで、彼女が「もてる」ことも事実だし、自分自身でもそれはわかっていることなんだろう。
確かに彼女の前の彼は若くてかっこよかった。




が、彼女には申し訳ないんだが、訴えを聞いていて、思わず頬が緩んでしまった。
別れ話を聞いているというよりも、拗ねているのをなだめているような、わがままを聞いているような・・・。

もちろん何でもいいからスウィートなことを言ってくれたほうが気分もいいし、こちらも優しくもなれる。
この、日本人男性の持たない習慣に初めて接したころ、私はむしろ、どんな言葉を返せばいいのかわからなくて困ったものだ。
シャワーを浴び終わってみたら、「君はとってもクリーンだね。最高だよ」なんて言われたって、何を当たり前のことを・・・なんて思ったりして。I love youっていうからThank youって返したら怒られたこともあるし・・。


今となっては、そういう言葉がないと寂しくはあるけれど、別れ話の理由にはならないような・・・と、思うのは私が日本人だから。
スウィートでなくなる=もう愛してない
というのは、立派な別れの理由になる。


でもとにかく、彼女は現在ひどく傷ついていて、おとといも昨日の夜も私の隣から離れない。そんな彼女をすごくかわいいなぁ、と思う。そして、同時に、23歳という若さが微笑ましくも、羨ましくもある。


「じゃぁさー、あなたは彼のこと愛してるの?」
って、聞いてみた。すると彼女は、きょろんとした顔をしたあと、「わかんない」・・・だって。
大体このカップルは元々ベストフレンド同士で、それだから部屋をシェアして暮らしていた。それが何かの勢いでカップルになってしまったから、いつからI love youってお互いに言い出したのか、自分たちでもよくわかっていない様子。



去年一緒にいた仲間内からは「プリンセス」っていうニックネームをもらっていたくらい、多少わがままなところはあるけど、年齢の割りにしっかりしていて、人を気遣うこともできる彼女。
今年は彼女にとっては経験のないマネージメントのような仕事をしていて、その疲れも出てきて、普段のわがままに拍車がかかっている状態なんだと思う。こういうときに一番当たりやすいのはやっぱりボーイフレンドなのだ。


失恋に直面している彼女には申し訳ないけれど、こういうかわいらしい恋愛をしていたころが私にもあったんだよなぁ、なんて思ってしまう。
で、そんな恋愛と失恋を繰り返しているうちに、徐々に、かわいいだけの女の子から脱していくんだと思う。


昨日、彼女に言いたかったけど言えなかったこと。
今はまだ過程なんだよ、と。
今悲しいときには、思い切り悲しみに浸かるといい。時間という巨大なシステムがいつかこの辛い思いをスウィートな思い出に変えてくれる。
そして、そんな思い出がいくつもいくつも溜まったころ、スウィートなことを言ってくれなくても、その人と一緒にいるだけで自分がスウィートになれるような人が彼女の前にきっと出てくるはず。いや、そんな人を見分けることができるようになるはず。


こんなことを今の彼女に言ったって慰めにもならないし、説教くさいようでなんとなく言えなかったけど。




私が23歳だったころ、私のボーイフレンドたちは一度でもスウィートなことを言ってくれたことがあっただろうか、などとおぼつかない記憶をたどりつつ、おそらく今晩も私は彼女と並んでバーの隅っこでダイキリを啜ってるんだろうな、なんて思っている。
あるいは、彼ら、今日のうちに仲直りをして元のさやに収まっているかもしれない。ちょっと気にかかって、久しぶりに書くブログに彼女のことを書いてみたけれど、もしかしたらただの老婆心・・・。



2014/01/07

年末ジンクス?

2012年の年末から2013年の年末、毎日ダイビングに出かけるには天候がよくなかった。毎日雨。そして水中の透明度は、普段雨に影響されることが少ないピピ島にしてはありえないほど低い透明度。


それが、日本人のお客さんがこぞって帰国した日から、逆に驚くほどの透明度と天候に恵まれた。


2013年年末。
今年末は先シーズンのようになりませんように。
そんな私の願いは通じたのか、通じなかったのか。


先シーズンのように雨が降るということはなかった。
・・・が。
風が強い、強い。まるで雨季のような海峡の日まであり、近場のダイブサイトに2本入る日まで出た。
透明度もどうもよくない。ひどい日には10mを切ってしまう。


ダイビング中はまだいいんだけど、ボートにあがると寒い、寒い。濡れたウェットスーツに吹き付ける風は、南国とは思えないほど私たちの体温を奪う。




毎年年末になるとダイビングをしに来てくれるダイバーさんたちに、申し訳ない気持ちでいっぱいなんだけど、天候に関してはどうやったって私の意志や力や、普段タイでは強力に効果を発するコネを使ったってどうにかなるもんじゃない。
それでも毎日潜ってくれたみなさんありがとう。




年末からのダイバーがほぼ全員帰路に着いた6日。
たった一人だけ2日間余分に潜ったダイバーと私は二人で海に。
1本目、ビダ・ノックの湾付近でボートから海へ飛び込む・・・・と、ひゃ~~~~~っ、と思わず声を上げるほどのクリアな水!!


また今年もこのパターンだ。
先シーズンと全く、全く同じパターン。


なんということ。
しかも、普段透明度がいい日でもひどく濁るエリアまで抜けたような青。普段うっすらと影しか見えないようなリーフから離れた岩まで丸見え~。


年末年始に毎日潜ってくれた皆さん、またしてもごめんね~。楽しんじゃいました。


この年末年始の天候。
来年こそはリピーターのダイバーさんたちのためにも、ピピ島の透明度は悪いと評判になってしまったりする前に、是非是非普段どおりでいて欲しいもの・・・1年も先の話だけど・・・。



2014年 明けましておめでとう

いやいや、あけましておめでとう、というには随分と日がたってしまったけれど・・・。


今回の年末年始は、普段と違う仕事の仕方をしたせいか、なんだかちょっと疲れた。
普段自分ひとりで好き勝手にスケジュールを立て、好き勝手に海に入っている私としては、誰か他の人と協力、あるいは手伝いをする、というのは困難を極める。


と、しょっぱなから愚痴のようなことを書いてしまったけれど、2014年、明けてみれば、最初からうれしいことだって、すでにいくつもある。


私にとって2013年は体力、気力ともに少し低迷気味の1年だった気がする。
なにをしようとしてもうまくいかなかったり、できるはずのことができなかったり・・・。


でも、そんな年やそんな時期って誰にだってあるはず。たまたま2013年は私がそんな風に感じてしまっただけ。


2014年、一体どんな年になるのか、まだまだ見当もつかないけれど、楽しい年になりますように。


みなさん今年もよろしくお願いします。

遠くても大切な友達

先月の話になる。


仕事の契約をしている店から電話があった。
「Yasko、日本人が来て君を探してる」
あれ、今日は看板も出してないはずなのにどうしてだろう。
そんなことを思いながら電話を代わる。



すると、「あの~」なんて、むしろおずおずとした話し方。「覚えてないかもしれないんですけど・・・10年以上前に・・・」
なんて話を聞いているうちに声で気がついた。



17年前中国の南寧のドミトリーで知り合い、一緒にベトナムまで行き、さらにその後バンコクで会い、その後に一緒にピピ島に来た友達。





そのころはまだ、Eメールですらそれほど普及しておらず、連絡先も現住所とか実家の住所のやり取りだった。


でも、極々、本当に極々たまに連絡を取り合っていた。でも、最後に連絡したのはすでに4,5年前。
その彼女が13年ぶりにピピ島に遊びに来た。
・・・というよりも、私に会うのが目的で来てくれた。





彼女は未だに時々バックパックを背負って出かけているらしい。初めて会ったころとほとんど変わらない格好。
私のようなバックパッカーを中退してしまったような者からは、なんだかまぶしく見える。







人と旅行をするのがそれほど好きではない私は、旅行中に他の人と数日以上一緒にいることがないのに、彼女とは一緒にいても楽しかった。




南寧のドミトリーにナイフ忘れてきた、とか、ベトナムの列車をホームで20時間くらい待ったよね、とか、私がおなかを壊して高熱が出る直前に、二人でエビを食べたんだ、そのエビ、1匹だけお皿に乗って出てきた、とか・・・そのときの話に尽きることはない。





数えてみると、そのころ私たちは23歳!!!
なんということだろう。もうあれから17年も経ってしまった。



23歳。
周りのみんながおしゃれにこだわって、お化粧に時間をかけて、ボーイフレンドに夢中になっていたころ、私たち二人は異臭を放つ直前のTシャツを着、20Kgもあるバックパックを背負い、そのころ自由旅行が解禁になって数年しかたっていなかったベトナムの片田舎のホームで、来るのか来ないのかさえ怪しい列車を20時間も待っていた。


バックパックの中に入っているのは、数枚の着替えと大量のカメラのフィルム、英語の辞書、ビキニとトレッキングシューズ、寝袋、黒い大型のゴミ袋、強力な、ダックテープと呼ばれるガムテープに蚊取り線香などなど。そして、ちょこっとの現金とパスポート。最後に、旅のすべてが書き込んである雑記帳。





今の私にとって、23歳のころの私がとてもうらやましい。
ベトナムの駅のホームの記憶はこんなに鮮明なのに、気がついたら10年単位で数えられそうな年月が経ってる。




彼女はすでに結婚して12年。
私はダイビングの仕事を始めて12年。


その間に、どちらも大変な思いをし、泣きながら、怒りながら、それでも笑いながら一生懸命生きてきた。


こんなに久しぶりに、なにも飾らずに話をし、旅行の「自慢話」ではなく「思い出話」ができたのはいつ以来なんだろう。


次に彼女に会えるのはいつになるんだろう。
今回は彼女が、いるかいないかわからない私をピピ島まで訪ねてきてくれた。次回は私が北海道の北端まで彼女に会いに行く番だろうか。
あるいは、また一緒にどこかの知らない街を一緒に歩けることがあるんだろうか。


私たち二人は、とても似ているとは言いがたい。しいて言えば、おそらくどちらも比較的人見知りをする・・・かな。
物理的にも、性格もぜんぜん違っている私たちだけど、私にとって彼女は大切に思い、折々に思い出す友達。


こういう友達はきっと23歳のころにはいなかった。
23歳だった私たち、記憶の中ですらきらきらしているけれど、もしかしたら、17年経った今のほうが、お互いにずっとステキになっているのかもしれない。少なくとも、今回会った彼女はすごくステキだった。


時々このブログを読んでくれているという彼女へ。
あんまり連絡を取らなくてごめんね。これからはたまにメッセージを送るようにします。