2013/01/13

ダイビングマスク

私の使っているダイビングのマスク。
使い始めてからかれこれ6年。

かなり雑な扱いをしているにもかかわらず、割れもせず毎日ダイビングに一緒に行ってる。

ちょっと前、つれていたファンダイバーのマスクが水中でストラップが壊れてしまった。なにやら無理やり引っ張った様子。

ダイビングの開始直後だったけど、水面に浮上してボートを呼んで、マスクを取り替えるなんて事をしていたら、時間が足りなくなりそうだったので、そのまま水中で私のマスクと交換した。

すると。
なんだかよく見える。
もちろんストラップが外れているから頻繁に水を抜かなくちゃいけないんだけど、それでもうれしいくらいによく見える。

・・・ということは。
私のマスクがよく見えないっていうこと??

ボートに戻って自分のマスクをよく見てみる。
確かに、シリコン部分が黒いからよく見えないけど、恐ろしく汚い。
シリコン部分だけとは言わず、ガラスも・・・。

ちょっと中性洗剤で洗ったくらいじゃ落ちない。


その日から、今まで気にならなかったマスクが気になりだした。
これ、そろそろ交換時期なんじゃないの?
そんな気にもなってきた。

大体このマスク。
6年前に買ったときに900バーツという笑ってしまうほど安かった。
一般にインストラクターは数千バーツのマスクを使ってる。それが私のはレンタルのマスクより安い・・・。
別に値段で買ったわけじゃなくて、顔にフィットするから、ま、今回の旅行はこのマスク使おう、なんて軽く買ったもの。
そのころ私は津波で器材を全部なくしていたから、1回の旅行限りのつもりで適当に選んだのに、それが6年も私の顔に張り付くことになるとは。


マネージャーのPhilに「これ注文して~。」って言ったら、
「お前どうしてこんなちょろいマスクがいいんだ?」って。

だって、いろんなマスクが試せるところ、この辺にないし。これ、私の顔にあってるし。

ちなみにそのとき、店に販売用で置いてあるマスクをいくつか顔に当ててみたけど、どれもしっくりしない。
結局「同じのでいいよ」ってことになって、値段を調べたら、6年前から変わってない。

私の顔の形はずいぶん安上がりな形をしているのね。

もうすぐ来るマスク。
久しぶりの新しい器材にちょっとわくわくです。

2013/01/10

ピンポンダッシュ?ヤスコダッシュ?

クリスマスくらいから年始に掛けては私にとって1年で一番忙しい時期。
観光業に携わっている人ならばみんなそうなんだろうけど。

特に今年はいつになくピピ島に日本人が多かった。長かった連休のせいかな。
まるで津波の前のころに戻ったかのように、通りで頻繁に日本人のグループを見かけた。


ところで。
私が今拠点を置いている店の前に日本語で看板が出してある。
「ヤスコはこの店にいます。
島の情報、お困りのこと、お気軽にどうぞ。
スタッフに『ヤスコは?』とお尋ねください。」

こんな風に書かれてる。
以前と店が変わったので、私の名前がことさら強調してある。

島には英語やタイ語の看板ばかりだから、日本人が通れば必ず目に付く。


数日前ダイビングから戻って、店の入り口でコンピューターを開いていると。店のテラスの外から大きな声で「ヤスコ~~~~」と聞こえる。
そして同時にキャッキャという女の子数人の笑い声。

コンピューターを開いているとはいえ、仕事柄、通りにもちらちらと目を向けている私。6人組の明らかに日本人の女の子たちが一瞬店を覗いた後に小走りで店頭から離れた。

それでも、彼女たちは私がその「ヤスコ」であることには気づかなかった様子。



私が出している看板を頼りに、本当に困ってしまっている状態で話に来る人も少なくない。
体調が崩れてしまった、お金を盗まれた、あるいは、ダイビングでなくスノーケリングのツアーの予約まで。
英語に自信がなく、どうしたらいいのかわからなくて「申し訳ない」と連発しながら来る人もいる。

でも、イタズラは初めて。

こんな話を島にもう一件ある日本人ダイブショップの仲間に話したら、
「ピンポンダッシュみたいやな~。」だって。
なるほどピンポンダッシュならぬヤスコダッシュだ。

小学生のころの帰り道に友達とピンポンダッシュをして遊んだ・・・遊んだというには語弊があるけど・・・。
でも、されたのは初めてだ。
これは毎日されたらものすごく迷惑だろう。通学路のおうちの方、ごめんなさい。


ついでに、私の看板を見て、ヤスコダッシュはやめてください。ははは。これを読んでる人がするとは思えないけど。






 

2013/01/02

あけましておめでとう

あけましておめでとうございます。

と、言っても、今日はもう2日だけど。
元旦は思っていたよりも忙しくて、ばたばたと1日が過ぎてしまった。

毎年のことだけど、この時期は日本人のお休みで、旅行者が多く、毎日てんてこまい。

なぜか今年はここ数年よりも日本人旅行者の数が多いような気がする。
そういえば、誰かが今年は年末からの空港利用者が過去最高だ、って言ってたような気もする。

2012年、ピピ島、日本、ドイツとどこにいてもいい年だった。楽しいこともたくさんあったし、ちょこちょこと、年を取っているだけじゃなくて、前に進んでもいる気もする。

2013年もいい年になりますように。
365日、笑っていられますように。

2012/12/28

2012年12月26日

2004年12月26日にピピ島を津波が襲ってから、8年が経った。

人が生きている時間の長さを考えたら、8年なんてさして長い年数でもないのかもしれない。でも、私にとっては長い8年だった。
毎年この日になると、あの日からの時間を考えてしまう。

去年あたりから、津波のセレモニーは徐々に派手になっている。
テレビカメラや新聞記者が取材に来ていたりする。
8年も経った今では、ピピ島以外にセレモニーを行うところがないから、というのが理由らしい。

今年、8年目にして初めて、派手になりすぎたセレモニーに出席をするのではなくて、バルコニーから、私があの時いたビーチと海を眺めてすごすことにした。

12月26日は8年間、1度も曇ったり雨が降ったりしない。
今年も前日までの悪天候を考えると、驚くほどいい天気だった。それまで数日間、毎日ぼやっとした曇り空。時折雨もぱらつき、風邪も強かった。
それがこの日は真っ青な空に、雲ひとつない。

そういえば、波から這い上がった直後に、血だらけ泥だらけで座り込んでいたときに見上げた空もこんな風に青かった。


去年までセレモニーに出席していて、徐々に出席者が減っていくのを「悲しむのをやめた人々が増えたのだ」という風に思っていた。

今年、バンガローのバルコニーからロ・ダラム湾を見ながら、私もそんな人の仲間には入れたのかな、なんて思った。
セレモニーが終わるころに会場に行ってみると、まだたくさんの人。
ビーチにある大きな木の前に今年もたくさんの写真と花が飾られている。

それを目の前にすると、まだ少しこみ上げてくるものはある。
でも、私たち、もう十分に悲しんで苦しんだから、少しは楽になってもいいよね。

今年は12月26日にダイビングにも行った。
午後からのダイブで、普段潜る朝とはダイブ雰囲気が違う。
それにしても水中で忙しいくらい見るものがたくさんあって、すごく素敵なダイブだった。

今まで26日はどんなに忙しくても絶対に休むと決めていたけれど、これからは、出かけることにしようかな。

2012/12/22

ニューエイジヒッピー

先日ビザランに出かけて知り合った人たちと話をしているとき。

ピピ島の話になった。
いやね、最近はパーティ以外にお金を使うのを嫌がる若い人が増えてね。・・・なんてそんな話をしていた。
アイルランド人のブライアンが
「そういう人たちを、ニューエイジヒッピーって呼ぶんだよ。」と教えてくれた。

Love and Peaceの昔のヒッピーとは違うらしい。

ピアスとか、タトゥーをたくさんしていて、ちょっとだらけた感じの、パーティ以外に旅行中ほとんど何もしなくて、しかも常にi Phoneなどを常に持っている、と。
これが定義らしい。
なるほど。
そういえば私の周りにも時々いるなぁ。
「私、ピピ島にもうずいぶん長くいるのよね。もう3ヶ月!」
みたいなことをはじめてピピ島に来た旅行者に自慢げに話しているのは時々見かける。
まぁ、これに関しては昔のバックパーッカーも「どれくらい長く旅行をしているか」自慢なんかがあったから似ているのかな。
正直に言うと、そういう人たちばっかりがピピ島に来るのは、あんまりうれしくない。パーティといっても、ビーチバーで飲んで、ビーチが汚れるばっかりだし、夜はうるさいし、おまけに彼らはダイビングに行かないと来てる。
ちっともありがたくない。

でも、「ニューエイジヒッピー」なんて名前がつくと、そんな人たちを見るたびにちょっと、くすっと笑ってしまう。
彼らを見ていやな気分になることがなくなったよ、ブライアン。
面白い言葉を教えてくれてありがとう。

2012/12/17

ビザラン友達

今年もビザランシーズン。・・・シーズンかな。でも、この時期に1年に1度だけだから・・・。

ここ数年毎回出かけてるビエンチャンへ。
初めてのところでもなし、わくわくすることでもなし。なんとなく「じゃ、行ってくるね~。」と。

プーケットからウドン・ターニへ飛行機で行く。そこからはバスを乗り継ぎながらビエンチャンへ。

大体、ビザランに出かけると、同じような目的の人がなんとなく集まる。
プーケットからわざわざウドン・ターニまで飛行機に乗ってビエンチャンに行こうなんていう人はほとんどがビザ目的だ。

でも、今回飛行機から降りて同じミニバスに乗り込んだのはたったの3人。
バスの中で話していると、やっぱり大使館近くに泊まるという。ことで、一緒に部屋を探すことにした。

アイルランド人のおじさんとドイツ人のお兄さん。そして私。
この奇妙な組み合わせがなぜうまくマッチしたのかわからないけど、今回は3人で3日間すごく楽しいビザランになった。
一緒にご飯を食べに行き、一緒に飲みに行き、一緒にビザを受け取る。

普段、ミニバスに数人集まると、私はたいていが一人アジア人のせいか、仲間はずれになってしまう。最初から知っている顔ならまだ話もするけど、初めて会った人は私には話しかけてこない。
それが、今回は3人という人数のせいか、仲良くなった。

どうやら、アイルランド人のおじさんブライアンは私のことを知っていたよう。
プーケットの釣り仲間のレストランやバーでたむろしていたり、トーナメントに出ているのを見ていたとのこと。
私のほうは、みんな似たり寄ったりの不良親父なので今までブライアンには気がつかなかった。
きっと私はその釣り仲間の中にいると目立つんだろうけど。
ブライアンの顔は強面だし、しっかりアイリッシュ英語・・・って言うのかな・・・なので、最初はすごく聞き取りにくかった。


2日目にブライアンが一言。
「こんなにたくさん笑ったのはすごく久しぶりだ。」

こんな一言って、ちょっとうれしくなるもの。
確かに、ドイツ人のトーマスはしっかりしていそうで、それなのになんとなく頼りなさそうな、ユニークなタイプだったから、実は私たち、笑いっぱなしだった。

別れ際、お互いに「Nice to meet you」と。
本当にそうだ。
普段つまらないだけの3日間のビザラン。
今回はすごく楽しませてもらった。
しかも、ブライアンにはプーケットに行けば会える。トーマスとも連絡先を交換した。

次回会えるのはいつだろう。
わからないけど、また絶対一緒にビールで乾杯したい。

2012/12/09

12月26日を思う

今日、新しいウェブサイトからの問い合わせでファンダイブのリクエストがあった。
12月24日到着。その後2,3日潜りたいとのこと。

私の予定表を見ると・・・空いてる。
もちろん返信は、即OK!

で、夜になってから気づいた。
12月26日にOKを出してしまった。

12月26日。
忘れたいけど忘れられない、私にとって刻印のように刻まれている日。

今ここにいるピピ島で2004年に津波のあった日。

津波の2年後にこの島に帰ってきてから、何があってもその日だけは絶対に何もしないと決めていた。店がどれだけ忙しくても、どれだけリクエストが入っていても、絶対に仕事をしないと。

それが、今日、気づいたら予約を入れていた。

自分でそのことに気づいたとき、ひとりで衝撃を受けた。


「私はあの日を忘れてしまったの?」


いや、どうしたら忘れることができよう。
感傷こそ薄れてはいるものの、あの日に亡くなった友達、あの日に消えてしまった、そしてもう二度と戻ることはないものを忘れ去るなんてことは到底できない。

でも、それでも、私はあの日から8年、毎日生きてる。

そう。8年も経った。
人生の長さを考えたらたったの8年。
それでも、この8年は、「津波」というひとつのことだけを考えたら、とてつもなく長かった。

今年、勢いで12月26日に予約を入れてしまった。
もしかしたら、これは、この日を「特別な日」と思わずにすごせるようになる第1段階かも。

まだ、その日のことを考えるとこらえきれないものはある。
それでも、私は「あの日」を私の人生の一部として受け入れながら生きていかなければならない。

その形を、そろそろ変えてもいい頃じゃないかとも思う。

こんな風に、少しずつ、私の中で風化させていかなければ、いつもいつも「あの日」に後ろから引っ張られながら生きていかなければならない。

もう少し前へ進もう。

一歩じゃなくてもいいから。半歩でもいいから。

今年は、12月26日、海へ出ます。
1日笑って過ごします。

それは決してあの日を忘れてしまったのではなくて、私自身のため。

「この島が悲しい歴史を持っているということを、新しくこの島に来る人たちが変えてくれるんだよ」っていうアンジェロの言葉を信じて。