2012/04/13

「たとへば君 」 河野裕子・永田和宏 を読む

河野裕子氏という歌人がいた。

私が大学院生のころ、思い切って初めて短歌大会に自分の和歌(うた)を応募した。そして、その中の一首を河野氏が秀逸作品として選んでくださったことがある。
表彰式に行ったときに、なんだか厳しそうな人だなぁ、というのが私の印象だった。

それ以来、なんとなく気になる名前ではあった。
だから「河野裕子氏死去」というニュースも少なからず衝撃を持って読んだ。

ただ、私自身、7年前に会った津波のときから、からきし和歌を詠まなくなった。
和歌を読まない間に起こった、河野氏のニュース。
近いような、遠いような、強いけれど、あいまいな衝撃だった気がする。

河野氏の作で、やっぱり私にとって一番印象に残っているのは、
「たとへば君ガサッと落ち葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか」
という、かの代表作である。

私が河野氏を初めて知った、そして初めてこの和歌を知ったのが20歳ごろ。そして、氏がこの和歌を読んだのが20歳ごろ。そんなせいかもしれない。
こんな勢いのある、強い和歌を詠みたいものだ、とため息をついた。


先日、帰国して、久しぶりに本屋へ足を運んだ折、平積みにしてある、私の膝あたりの高さの棚にこの本を見つけた。
「たとへば君 四十年の恋歌」
だ。
著者の名を見るまでもない。

この本を母に見せると、
「そうなのよ。この前お母さんも見つけたの。あなたに買っておいてあげようかと思ったんだけど、迷ってたの。」

乳癌と戦いながら和歌を詠み続けた河野氏。
歌人であるからには感受性も人一倍強いはずの氏が詠んだ数百種にもおよぶ恋歌が、ご主人であり日本歌壇を代表する歌人でもある永田和宏氏との相聞とエッセイでつづられている。


発病から亡くなるまでの和歌は、正直言って読み進めるのが苦しかった。


和歌というのはたった三十一文字でつづられているため、余分な修飾がない。その分、私にはストレートに伝わってくる。
一首一首が、どすりどすりと、えぐるように突いてくる。
悲しみ、苦しみ、そしてたわいもないことへの喜び。
誰の人生にもあり得る、でも簡単に見逃しがちな喜怒哀楽まで汲み取り、掌に包むような繊細さで詠みあげている。

久しぶりに自分でも和歌を詠む気になった。

詠むことを避けておりしか七年の空白を今埋めんとすなり

どうして七年間まったく詠む気にならなかったのだろう。
これから、またこれがライフワークになるのもいいかもしれない。


興味のある方へ、参考までに。
河野裕子
「たとへば君 四十年の恋歌」 河野裕子・永田和宏

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